「ところで、テスはさぁ」
ラスティがそう話を振ったのは、遊びに来たオーシャン夫妻とひとしきり世間話に花を咲かせた後のことだった。
「なぁに、ラスティ」
「バレンタインはどうするの？」
それを聞いた途端、ダニエルはアイスコーヒーにむせた。テスは隣でごほごほやっているダニエルをちらりと見てから嫣然と微笑んで言った。
「まだ決めてないけど、どうして？」
代わりにエリックが咳き込むダニエルにティッシュを渡したり背中をさすったりと介抱していた。
「大丈夫？」
「ら、らいひょうぶ……ちょっと気管のほうに……」
「無理してしゃべらなくていいから」
「あ、ありがと……」
顔と一緒に器官まで老け込んでいるわけではないだろうが、ダニエルのエヘン虫はなかなか消え去らなかった。「エリック、そんなの放っておいていいぞ」
素っ気なくラスティは言った。確か俺は客のはずなのに、この扱いはいったい？と、咳のせいばかりではなく涙が浮かんでしまうダニエルだった。
「そんなわけにいかないだろ」
それに、毎年似たようなことを言い出すラスティに、あきれてもいるエリックは、ダニエルの背中をさする手を休めようとはしなかった。この時期ラスティに会うと、必ずこの相談を受けるのは、仲間うちでは有名になりつつあった。
「うん……やっぱり喜んで欲しいだろ？でもエリックは何も要らないって言うばかりだし……」
確か、ついこの前も同じようなことがあった。あれは天下に鳴り響くクリスマスだった。
あのときは確か、一緒にクリスマスミサに行く、がプレゼントだった。
エリックとしては、亡き母を偲んでの参加だったし、特に欲しいものもなかったので考えた苦肉の策だったのだが、面白いサプライズやゴージャスな贈り物と、盛大なイベントごとが好きなラスティには物足りなかったようだった。
それで今度こそは！と意気込んでしまっているのだった。エリックは何度も、チョコクッキー何枚かとか、小さな花束くらいで充分だと言っているのだが。「エリックならそう言うでしょうね」
もしかしたらラスティよりもエリックのことを分かっているかもしれないテスの微笑みだった。今回のロス来訪も、こちらの美術館や名立たる画廊を一緒に見るのも目的のひとつだった。
「でも、俺としてはやっぱりこう……エリックが驚くような……すっごいプレゼントを贈りたいんだ」
「あなたならそうでしょうね」
ラスティの、この上ない切ない思いからくる訴えも、テスにはあまり感動を与えていないようだった。嫣然とした笑みが、かえって怖いと言葉もないダニエルだった。エリックもちょっと、震え上がった。
「それで、何を贈りたいっていうの？さぞかし豪華な贈り物なんでしょうね？」
何を馬鹿なことを言い出すのやら、バカ夫のおまぬけ友達ときたら！とばかりに額に青筋を立てんばかりのテスにもめげないのは、最強の心臓の持ち主ラスティくらいのものだった。気をつかってないとも言うが。ラスティは続けて言った。「そりゃあもう！目が覚めたら１００万本のバラとか！アフリカの星とか！」
「誰がエリックが寝ている間に１００万本もバラを用意するの？エリックのことだから、家の中でそんなことしていたらきっと気がついちゃうわよ？」
「うっ……」
テスの代弁に、エリックとダニエルはうんうんうなずいた。
「それにアフリカの星はイングランド王室のものよ。あなたまさか……」
テスの頭に角が生え、大きく開いた口からは牙がのぞき、広げた両手の爪が伸びていくのが見えるようだった。効果音やおどろおどろしい暗闇が背後に広がっていくのを、この場にいる誰もが感じた。部屋の温度が急激に、何度も下がったようにも。
しかし、どんなときにも例外がいた。恋に目がくらんだラスティがそうだった。
「えーでもーエリックには似合うと思うなー」
なんと命知らずな！ダニエルとエリックは身を寄せ合って小鳥のように震えあがった。
「それにー」
まだ言うか！とテスが本気で怒り出す前、絶妙のタイミングでラスティは言ったのだった。
「それくらいしないと、エリックへの想いの１００万分の１にもならないよー」
ラスティの臆面もない発言に、あとには屍累々ルイ。