「なんだいそれは？」
「………」
お邪魔しますも言わずにいきなりバルコニーに下り立って、こんばんはご機嫌いかが？もなしに開け放した窓から顔を出したクラークを、ウェイン邸の主は黙殺することに決めたようだった。
「ブルースゥ！」
ごめんよさっきの一撃は君を狙ったものじゃなくんだあいつがちょろちょろするもんだから目測を誤って！！もしかして婿入り前の君の玉の肌を傷つけてしまったのかいおお神よ！と哀願する、スーパーマンな格好のクラークに、そんなことで怒ってるんじゃない！とすっぱり言えるようならば、ばかばかしくてブルース・ウェインなぞやっていられないのだった。
「………！！」
スーツの足にとりすがられて、そんな懇願を一息に聞かされた日には、マスクを取ってしまった今、顔どころか首まで真っ赤になるというものだった。
「……離せっ！」
たまりかねたブルースは、玉の肌の傷具合を点検しようとスーツをめくりあげようとするクラークの頭を引っつかんで叫んだ。「離さんか、この犯罪者！！」
手にしたボール状のからくりおもちゃのようなものを掴んだまま、ブルースは立ち上がった。
「犯罪者ってなんだい、ブルース！」
クラークは一生懸命あわれっぽくポーズを決めて、ボクはキミのカラダのことをシンパイして！と主張していたが、目も口も笑っていたのでは、信憑性を疑われても仕方がないというものだった。
「痴漢は立派な犯罪だ！この性犯罪者！」
対するブルースも、耳まで真っ赤にして頭から湯気を出さんばかりにしてはいるものの、それでも口元が喜びに震えているものだから、そうされることが嬉しいと公言しているも同然だった。
「ひどいな、いつだって喜んでいるじゃないか！この間タワービルの屋上で会った時だってあんなに激しく！………あ」
「……クラーク・ケント……」
間の抜けた声を出すクラークとは対照的に、ブルースの声は地獄の底から響いてくるようだった。クラークは、決して踏んではならない地雷を、思い切り踏んでしまったのだった。「いやあのその、なんでそんなにご機嫌が……」
「うるさい！『こんばんは』も『お邪魔します』もなしに人のうちに入り込むような礼儀知らずなど知らん！！」
クラークとブルースが、出て行け！そんな殺生な！ええい離せっ！などと、どこの寛一お宮ですかというようなすったもんだを繰り広げていると。
「ブルース様、スターク様からご連絡が……おや、これはクラーク様、おいででしたか」
間違いなく現存する執事の中の最高ランクに位置するであろうアルフレッドは、軽いノックのあと、時の氏神のように入ってきて、とんと気づかず、失礼いたしましたと、無礼半歩手前の慇懃さで、完璧な執事の礼をした。
「やぁアルフレッド！お邪魔しているよ！」
「どうしてそれがわたしに言えんのだ！！」
有能な執事は、げしげしと足蹴にされるのも嬉しそうなクラークに冷ややかな一瞥を投げかけた。ここではクラークの地位は、どこまでも低かった。
「トニーから、何の連絡だ？」
クラークを小鬼のように足蹴にし、ブルースは乱れた髪をなでつけながら尋ねた。
「はい、『ジュニア』の調子はどうか、とのことでした」
「すこぶる良好だ。……どこかの不法侵入者とはえらい違いだ」ブルースが超のつく照れ屋さんなのはよく分かっているが、冷たく見下ろされるのにも慣れっこになるくらいだったが、初めて聞く親しげな名前は聞き捨てならなかった。
「誰だい、トニーってのは！？」
なにせもとから人を超えた存在なので、踏んづけられた小鬼状態からだって、すぐに起き上がれるのだった。突然のことで、ひっくり返りそうになったブルースのことは、しっかりと抱っこして。
「聞いたことないよ！？」
「なんでおまえにいちいち報告しなくちゃいけないんだ！！」
「義務はないけど知りたいじゃないか！」
「なんだそれは！！」
蝙蝠男（マスクなし）を抱っこして、よしよしとあやしながら口喧嘩をする超人と。
「夜食のご用意をしてまいります」
自分の仕事を果たすべく、アルフレッドは一礼して下がっていった。どうやら夜食の準備は、なるべくゆっくりしたほうがよさそうだ、と思いながら。
「ジャーヴィス、ブルースは『ジャーヴィス・ジュニア』のこと気に入ってくれたかな？」
趣味の工作――――別名、スターク・インダストリーズの頭脳の天才的な創作物の数々――――にいそしみながら、トニーは言った。
『贈り物としてはあまり適当ではないかもしれませんが、ウェイン・エンタープライズのブルース様ならお気に召すのではないでしょうか』
何しろ機械なので、ジャーヴィスの声は、いつものように無機質だった。
「そうか、喜んでくれそうなら良かった」
『はい』
今日も今日とてトンテンカンテントンテンカンと、村の鍛冶屋もかくやという、ワーカホリックなのかホビーホリックというか、トニー・スタークは楽しそうに機械いじりだった。趣味が仕事と、寸分違わず一致して、しかも巨万の富をもたらすという夢のような生活をたゆたうトニーにとって、ジャーヴィス以外のお友達は珍しかった。
「今度は何を贈ろうかな？あのスーツ、飛行時間に問題があると思うんだけど、その線でどうかな？どう思う、ジャーヴィス？」
『大変よろしいと思われます、トニー様』
トンテンカンテントンテンと、今日も楽しいトニー・スタークなのだった。