「必ず解決してちょうだいねっ！」
自分がついていながら、ワトスンに怪我をさせてしまったことに、見るも哀れに意気消沈してしまっているホームズに、見事に発破をかけることに成功したメアリは、『名誉の負傷』を負って伏せっている婚約者の元へと戻っていった。
「あなた―――ジョン？起きているんでしょう？」
立ち去ったときのままの姿で横になっているワトスンに、メアリはそっと声をかけた。
「……ホームズは行ったかい？」
薄目を開けてワトスンは言った。
「ええ、ええ、行きましたとも。わたしに声をかけられて、すごく迷惑そうにしてましたけどね」
腰に手を当て、家庭教師をしている生徒相手のようにメアリは言った。
「人見知りが激しいんだよ、ホームズは。……さて、こいつを朝までには治さないと……」
笑いながらワトスンは、一番ひどい腕と襟首の怪我を確認した。
「縫わなくてはならないほどではなさそうよ。消毒しても構わなくて？」
「ああ、頼むよ。さすがに首では見えないからね」そう言ってワトスンは、治療しやすいように、ゆっくりと起き上がった。
爆風に飛ばされたときの打ち身が、見るも痛そうな痣となって全身を彩っていたが、幸い骨折はしていなさそうだった。
唯一心配だった左腕も、どうやら打ち身程度だったので、部屋においてある薬剤で湿布し、念のため固定した。首の傷は、メアリが「染みますよ」と言ったとおり盛大に染みた。それでも縫う必要のなかったことに安堵して、ワトスンは歯を食いしばって耐えた。
寄宿舎育ちのはずのメアリだったが、インド育ちなのも手伝ってか、ずいぶんさまざまな経験をしていて、ワトスンと気があったのも実は、怪我の手当てについての手際のよさもあった。メアリとなら、２人でいい医者稼業を、張っていけそうだと思ったから結婚を申込んだ。何よりも、気があった。この女性となら、一緒に暮らしていけそうだと。それがどうにも、ホームズには通じなかったようだった。
「さあ、あとはこれを飲んで、朝までぐっすり眠ること。それが今のあなたに一番よく効く薬よ」
「ああ」
怪我の手当てを終えたワトスンは、飲み薬を受け取って、一息にあおった。
「ねぇ、ジョン、あなた」
寝入るまでの間も、メアリはワトスンの枕辺から離れようとはしなかった。「なんだい、メアリ」
「もしかしてまだ言ってないのではなくて？」
「何をだい？」
メアリは今にも寝入ってしまいそうなワトスンの髪を撫で付けてやりながら言った。
「あなた、新居に引っ越したからって、あの人のお手伝いを完全にやめてしまうつもりはないのでしょう？」
メアリの質問に、ワトスンは笑って答えた。
「やっぱりお見通しだ」
「伊達に何年も教師をやってはいないわ。ね、そうなんでしょう？どうして言ってあげないの？おかげでわたし、すっかり敵役よ」
わざと怒った様子で、メアリはワトスンの腕をつねった。
「まさかあなた、拗ねてるあの人がかわいいからとかいうじゃ……」
ワトスンは笑うばかりで答えなかった。眠気がかなり来ているというのもあった。
「そうなのね！ひどいわ、なんて人でしょう！ちょっと聞いてるの？あなた、ジョン？寝たふりなんかして……あの人にみんな教えてしまいますよ！ジョン！」