「アルフレッドがお暇を頂戴したいとかっていうの、どうかな？」
「ダメダメダメ！そんなことしたら、ブルース泣いちゃうよ！」
「そんなこともございませんでしょうが、ご不自由には思われるかもしれませんね」
新しいお茶を注ぎながら、アルフレッドは微笑んでいた。
春の宵もそろそろ終わる刻、遅めのティータイムのいい香りが、庭の方までただよっていた。
「そっかぁ、それじゃ他のを考えないとなぁ」
「俺とディックがロビンをやめて学業に専念しますとかっていうのは？」
「ブルース喜ぶかもよ、もしかして」
考え込むディックとティムにも、なかなか妙案は浮かばなかった。
「何か悩み事かい？」
暗くなってきたのでパトロールがてら、という口実のもと、今日もウェイン邸まで足を伸ばしたクラークだった。社主の友人ということになっているのだから、堂々と表から入ってもいいものだったが、屋敷が見えないあの玄関で呼び鈴を鳴らし、あの広大な庭を通ってここまで来る度胸の貯蓄はそれは難しく、結果いつも空から直接来ることが多かった。「あ、クラーク」
「いいとこに来た」
「クラークも考えてよ」
「クラークでも、いないよりはマシだから」
「何かいいアイデア浮かぶかもしれないし」
「クラークのへっぽこアイデアから何か思いつくかもしれないし」
「……僕で力になれるなら」
遠慮会釈ない発言の数々も、親しまれているからと思えばこそ我慢出来た。そうでなくても相手は自分の半分も生きていない子供たちなのだ。いくらハートをグサグサとやられていようとも、大の大人が目くじら立てて怒るだなんて、それこそ人を超えていなくても慎まねばならなかった。
「エイプリルフールなんだけどさ」
ウェイン邸の豪奢な居間のソファに後ろ向きになってティムは言った。
「何かいいネタないかな？」
クッキーを持ったままディックが言えば。「他愛いもなくて、騙された！って分かっても、思わず笑っちゃようなのがいいんだけど」
「だからあんたが星に帰るとか言うのはナシね」
「ロイスと結婚するとかいうのもね！」
「……そりゃ里帰りする予定はないし、そんなこと言ったのがバレたら、ロイスに簀巻きにしてイーストリバーに沈められそうだけど……」
呆然と呟くクラークの答えがもう面白い！と、ディックとティムは腹を抱えて笑い転げた。
「何事だ？」
そこへ、当のブルースが現れた。アルフレッドと、いてもディックとティムだけかと思ったのだろう、ガウン姿だった。バスローブ姿でなくてよかった、と己の心臓の負担を思って、胸を撫で下ろすクラークだった。
「……来てたのか」
クラークの姿を認めると、途端に目を眇めるので、やわな心臓の持ち主ではなくても、嫌われているのではないか招かれざる客なのではないかと、つい考えてしまうブルースの表情だった。「こんばんは、ブルース。ご馳走になってるよ」
クラークは、アルフレッドのくれたティーカップを掲げて見せた。ここでもし「お邪魔してます」とか言おうものなら本当に「邪魔だから早く帰れ」とか言われてしまうのは実証済みだった。
「何を騒いでいたんだ？」
ざんばらの髪をかきあげ、いささか乱暴にソファに座ると、すかさずアルフレッドが薫り高いお茶をさし出した。なんだかちょっと、自分のとは匂いが違うような？と思うようないい香りだった。
「え、いやそんな」
「なんでもないよ、ブルース」
「エイプリルフールの話だよ」
ぽろっと言ってしまったクラークに、ディックとティムは目を剥いた。クラークにしてみれば、仲間はずれを殊の外嫌うブルースを、蚊帳の外に置く気など、毛頭ないからだったが。
「エイプリルフール？」
嫌そうに眉根を寄せても気にしない。それがブルース・ウェインとつきあう心得だった。
「そう。他愛もない嘘で相手をビックリさせるあれさ。でも君相手に、いいのが思いつかなくてね」ディックとティムが、ブルースに気付かれないよう一生懸命ブロックサインを送っていたが、クラークは気付かないふりをした。
「くだらん」
「うん。くだらないかどうかはともかくとして、あんまり君を騙すのは気が進まないな」
「……何だと」
この仏頂面にひるんでいるようでは、ブルース・ウェインとはつきあえなかった。クラーク・ケントにとっては、特に。
「でも君を楽しませる企画なんだよ。愛されてるよね、君は」
僕も含めてという言葉はおそらく、ブルースにしか聞こえなかったことだろう。ごく小さな声だったし、クラークも囁くよりも小さな声だったので。
ディックもティムもアルフレッドも、ブルースがなにか特大の嫌味を返すに違いないと思った。もしかしたら、照れ隠しに盛大な雷が落ちるかもしれないと、身構えた。しかし、そのどちらの言葉もなかなか聞こえなかった。
おそるおそる見た彼らが目にしたのは、真っ赤になっているブルースと、それをにこにこ見ているクラークだった。
「……何を、馬鹿な、こと、を……」
そろそろ食事の支度をしますと言ってアルフレッドはその場を後にした。もちろん、子供たちもちゃんと連れて。