「エリック、花見に行かないか？」
「花見？」
ブラッドの呼びかけに、また何を言い出すのかとエリックは思った。
楽しいことは大好きだったが、パパラッチのせいか熱心すぎるファンのせいか、はたまたもともとの性格なのか、ブラッドは結構家の中で過ごすのが好きなタイプだった。
共演をきっかけに知り合ったし、長丁場のロケで愛を育んだし、ブラッドは陽気で楽しい性格だったから、てっきり華やかな社交好きかと思っていたら、あにはからんや。アウトドアスポーツは好きだったが、社交と名のつくことはあまり得意ではないエリックと似たもの同士だった。
「そう、いいとこ見つけたんだ。散歩がてら、行って見ないか？」
２人が一緒にいれば、それだけでスポットライトを浴びているようなものだったが、静かな住宅地を選んで暮らすようになって半年、地道な近所づきあいの甲斐あって、最近はごく普通の地域住民としての生活が送れるようになっていた。ブラッドによると、俺はもともと小市民だよ？とのことだったが。「いいね」
そういうわけで、話がまとまるとちょっとした軽食に飲み物をもって、ピクニック兼散歩に出発となった。仕事柄、そうそう遠くへ旅行するわけにもいかない２人の最近のテーマはずばり、『近くへ行きたい』だった。
引っ越してきたときから、ご近所づきあいと周囲の偵察を兼ねてあちこち歩き回ったものだったがそれでもまだ、行ったことのない場所はたくさんあった。それに、とりあえず攻略したのは大きな道ばかりなので、古くからある細道を行ってみれば、いくらでも新たな発見があった。それを教えてくれたのも、退役軍人の散歩好きの老夫婦だった。
リュックに、方位磁石まではいらないよねと置いてきて、ブラッドに連れられちょっと迷いかけながら歩くこと３０分。そこは、見事な花畑だった。
「う、わ……」
「な、すごいだろ？」
驚きと喜びの声をあげるエリックを、ブラッドは満足げにながめた。
「なんでももともとの川を、水辺公園みたいにしたんだってさ」
こうなったのはそんなに昔のことではなく、もとからあった川辺を整備し木を植え花を育て、今では立派な花と緑のあふれる憩いの場になっているのだということだった。「ま、俺のも受け売りだけど」
仕事帰りに車で移動中、たまたま見かけた場所がここだった。見事な眺めに見惚れ、心穏やかな気分になり、とても気に入って、そして絶対エリックと一緒にここへ来ようと決めたのだった。
「１人で見るのもいいけど、誰かと見られればもっといいなと思って」
それがエリックとなら、もっとずっといいだろうなと思って、と照れ笑いを浮かべながらブラッドは言った。
「どう、気に入った？」
「もちろん！」
天気のいい昼下がりなので、同じように散歩や花見やピクニック気分でやってきた老若男女がたくさんいた。もしも人気がなかったら。
「いいとこだねぇ……教えてくれて、ありがとう、ブラッド」
抱きついてキスをして、もっと熱烈に感謝の気持ちと喜びを伝えるのに、とエリックは呟いた。「その気持ちだけで充分じゅうぶん」
しっかりと、手と手はつないでいたけれど。
「さらに穴場も知ってるんだ。あの見晴台の下は、結構人目がない」
「……そう」
「あ、なんだよその目は！べ、別にやましい気持ちがあって探したんじゃないぞ！たまたま見つけたんだぞ、たまたま！」
一生懸命言い募るブラッドの頬に、素早くキスをして。
「じゃあ、早く行こうか。その……２人だけになれるとこに」
エリックがセクシーに誘えば。
「オ、オーケイ……」
ごくりと喉を鳴らして応えるブラッドもいて。
「いい天気だね」
「絶好の花見日和だろ？」
春の日に、なべて恋人同士はこともなし。