「これはどうする、ヴィゴ？」
「うん？」
ロサンゼルスのモーテンセン家は、季節はずれの大掃除の真っ最中だった。
「どれどれ」
ヴィゴは謎の物品の確認のために、モップ掛けを中断し、ショーンのもとへと移動した。
「う、っわぁ、……ずいぶんあるなぁ」
「だろう？」
ショーンがよけた、所有者に確認しないと処分するわけにはいかないけれど、今までほったらかしだったということは、あまり必要とも思えない品々の群れを見てヴィゴは、思わず口を押さえた。
「使ってない部屋だったのに」
「部屋の片付けってのは、そういうものさ」一人息子のヘンリーが独立したのにともない、このほど正式にショーンの部屋を作ることとなった。もともと半分住んでいるようなものだったが、改めて部屋を作るとなると、やはりそれなりの仕度が必要だった。もともと役者稼業以外にもあれやこれやとやっているヴィゴのこと、家中アトリエようなものだったが、それを差し引いても、物はあちこちあふれていた。
「これは……いらないな。これはちょっと……」
山と詰まれた謎の品々を、ヴィゴはひとつずついるものいらないものに分けはじめた。
「無理に今決めなくても……と、これが物が減らない理由か」
「そうそう。もう思い切って処分するよ」
今さらてれるほどのこともなかったが、それでも苦笑いせずにはいられなかった。
「なんだこの、穴の開いた靴下は？」
しかも洗濯しないままだったのか、片方だけの靴下はヨレヨレだった。
「後で繕うつもりだったんだろうな」
処分品の分配はヴィゴに任せて、ショーンは掃除の済んだ部屋に、自分の荷物を広げ始めた。荷物と言ってもたいした量はなく、服のほかには、本やＣＤ、ＤＶＤの類は一緒にすべくリビングに持って行ってあったので、あとはちょっとした気に入りのものだけだった。それらをチェストや作り付けのクローゼットに収めてしまえばもう、やることは何もなかった。「コーヒーでも入れようか？」
案の定あっという間に荷解きを終えたショーンは、いくつかの品物を前にして唸っているヴィゴに声をかけた。
「……ありがとう、ショーン」
気持ちは半分品物にまつわる思い出に持っていかれたままで、ヴィゴは答えた。
「あ、と……ショーン！」
「うん？」
部屋から出て行きかけたショーンは、ドアに手をかけたまま振り向いた。ちょっとちょっとと手招きするヴィゴに誘われるままにショーンは戻り、そして。
「忘れないうちに、これ」
そう言ってヴィゴがシャツの中からごそごそと取り出したのは、アクセサリーのように革紐でまとめられている、この家の鍵だった。
「これが玄関ので、これが裏の。それからこれが……ショーン？」
いくつかある鍵の、ひとつひとつを説明しているヴィゴを、ショーンはやわらかな笑顔で見つめていた。あんまりその微笑みがやさしいものだから、ヴィゴはなんだか落ち着かない気持ちになった。
「うん？」
そしてやさしく抱きしめられた。「鍵が……そんなに、嬉しいか？」
「そりゃもちろん。君の家を訪ねるようになって何年になる？こうなってからは？」
「えーと」
「数えなくてもいいよ、ヴィゴ。分かるから」
「え、あ、そう？」
「合鍵っていうのは特別なものだからね」
「……特別？」
「世間一般的には、恋人同士にとって欠くことの出来ないものだろう？」
「……まぁ確かに……」
いつだってお互いの家を訪ねるときは、相手がいたり誰かがいたり、誰もいなければ隠し場所から持ってきて使えばいいわけだったから、ヴィゴはとっくにショーンのロンドンの家の合鍵を持っていたけれど、ショーンはロサンゼルスのヴィゴの家の鍵は持っていなかった。家を訪ねることよりも、お互いに会うのが第一目標だったせいもあったが。
「なんだか、長年の夢がついに叶った！みたいな気がするよ」
「……そんなに待たせてたか？」
不安そうに見上げるヴィゴの、額と頬と、それからくちびるにキスをした。「そう思う？」
「……ショーン」
ショーンは、鍵のひとつひとつにキスをした。まるでそれが、ヴィゴとの間を、守ってくれるかのように。
「ありがとう。大事にするよ、ヴィゴ」
「……うん」
まるで、自分がキスされているようだとヴィゴは思った。だから、さらに落ち着かない気持ちになった。もじもじしはじめたヴィゴの腰に手を回してショーンは言った。
「この部屋には、ベッドはないんだね、ヴィゴ」
ベッド代わりにもなりそうな、大きなソファは置いてあったが。
「予備のがあったけど……片付けた」
いい年をして、しかもこれが初めてでもなんでもないというのに、そう告げてる間、ヴィゴは顔が上げられなかった。「それじゃあ、どこで休めばいいのかな？」
「分かってるくせに……」
「下見がしたいな。案内してくれるかな、ヴィゴ？」
照れくさいのに、恥ずかしいのに、顔は真っ赤なのに、それでも嬉しいなんてどうかしてる、とヴィゴは思った。でもそれがまた、楽しかった。
「ああ……」
ショーンの手を取って立ち上がった。そのとき指先に、軽くキスするのを忘れずに。
「大事にしてくれよ？鍵なんかよりも、ずーっと、な」
見上げたショーンの瞳は笑っていた。
「もちろん。お望みのままに」
そうして、もう一度今度は深くて長い、恋人同士のキスを交わしたのだった。