『レイヴン助けてくれ！』
チャールズ・エグゼビアの叫びは、その場に居合わせた者すべてに届いた。
「……チャールズ？」
真っ先に反応したのは、名指しで助けを求められたミスティークことレイヴンだった。まだ名前のついていないミュータントの組織は、仮の住まいとしてとある島の別荘に滞在していた。
小さな島にあるのは、彼らのいる別荘だけという絶好のロケーションで、ある者は英気を養い、またある者は傷を癒していた。彼らが集結したきっかけとなった事件は、まだそれほど過去のものではなかったので。
だからこそ、決別したてのほやほやのチャールズからのメッセージは、かなりの非常事態であることを思われた。『お願いだ、レイヴン！僕ではもう……』
テレパシーで演技をすることも出来たが、そのときのチャールズの弱々しさは、とてもそうは思えなかった。特に、ほんの子供の頃からのつきあいのレイヴンにとってはなおさらだった。
しかし、何を言うにも相手は稀代のテレパシストのチャールズ・エグゼビア。油断は禁物なのだった。
「……ほっときましょ」
ク−ルに決めたのは、今日も白づくめのエマだった。
「何だ、あれ？」
関係ないというのは偉大なことで、エマとは対照的に赤と黒で彩られたアザゼルは素っ気なかった。
「………」
リップタイドはこんなときでも無口だったし、レイヴンと一緒にこちら側にやってきたエンジェルは、興味なさそうに羽根をパタつかせて言った。「行くことないわよ、レ……ミスティーク」
「うーん。でも、チャールズがまた何か、やらかしていそうな気がするのよねぇ……」
何しろレイヴンはチャールズとつきあいが長かった。家族同様のつきあいだからこそ分かる、あの稀代のテレパシストにして稀代の策士でもあるチャールズの意外な一面だって、レイヴンはすべて知っているのだった。
「やらかすって、何をよ」
エンジェルもまた、一時期とはいえチャールズにスカウトされて身を寄せていた経験の持ち主だった。あの男の食えなさ具合については、なまじ親しくつきあっていると思い込んでいる男なんかよりも、よほど分かっていた。
「そうねぇ、掃除しようとして、うっかりあの家を爆発させちゃったとか……」
「――――何よ、それ」
エマが、変身していないにもかかわらず、氷点下な声を出した。「そうなのよ。あたしとチャールズが始めて会ったのは夜中のキッチンだったけど、どこで会ったかは絶対に秘密にしてほしい、って言われたわ」
「どうしてだ？」
いつの間にかその場には、外で瞑想していたはずのエリックまでやってきた。もちろんエリックは、誰にも何も言わなかったが、その場にいる誰もが、エリックが来たことを知っていた。
「キッチンに入ったことが知れたら、怒られるからですって」
レイヴンは肩をすくめてそう言った。そして、その場のみんなの顔にクエスチョンマークが浮かんだのを確認してから話を続けた。
「とにかく家事が全然駄目で、洗濯しようとして洗濯機を粉々にしたとか、食器を片付けようとして水道管を破裂させたとか、そういう逸話に困らないかららしいの」
「……何だ、それは」
「……」
黙して語らないリップタイドも、感想は一緒だった。その場の誰もが言葉を失っていると。「最近少しはマシになったと思ってたんだけど……」
テレパシストのエマは、思わずエグゼビア邸に意識を向けてみた。別段、爆発したり風船のように膨らんだりはしていないようだった。
『レイヴン！！』
悲痛な叫びはまだ続いていて、ついにレイヴンは肩をすくめて思考を、無線のようにオープンにした。そして、仲間にも分かるように口に出して言った。
「何だっていうのよ、チャールズ」
言っておきますけど、あなたとあたしは、道をわかった敵同士なのよ、と続いたレイヴンの言葉は、チャールズに届いてはいなさそうだった。
『レイヴン！キッチンが、キッチンが……！！』
「あなたキッチンに入ったの！？」
一体どこの馬鹿がそんな真似を許したというの！？と、レイヴンは悲鳴にも似た叫びを上げた。「キッチンがどうしたっていうのよ」
あいにくエンジェルは、エグゼビア邸に行ったことはなかったので、あの広くてきれいなキッチンを、レイヴンがどんなに大切にしていたか知らなかった。
そして、この場にいる中で唯一、レイヴンと同じ気持ちを共有することこの出来るエリックが呻くように言った。
「なんてことだ……」
「チャールズあなた、料理をしようとしたんじゃないでしょうねっ！？」
それは質問ではなく詰問だった。
『……いや、その……ちょっとお菓子でもと思って……』
チャールズの声はまるで、レイヴンが今すぐアザゼルのように目の前にあわられて、デコピンのひとつもするんじゃないかと恐れているかのようだった。
「なんだってそんな無謀なことをするのよっ！！」
すっかりトレードマークになっているヘルメットを被り、腕を組んだエリックは、うんうんと頷いた。『……お茶をするときには、おやつがないと……』
「買ってくればいいでしょう！なんだって自分で作ろうとするの！？」
もはや誰もこの、仲良し兄弟ケンカに入り込めずにいた。もっとも、はたで聞いてる分には面白かったが。
『……お菓子が出来たら、君たちを招待しようと思って……』
その場にいた誰もが言葉を失った。
しんみりしたのではなく、何を考えているのかと呆れたからだった。どこの世界に、敵同士に分かれた陣営の人間を、お茶の時間に気楽に誘う人間がいるというのか、ああここにいたか。
「チャールズ……」
口を開くことが出来たのはやはり、つきあいの長いレイヴン一人だった。それでもチャールズに夢を見ているエリックなどは、いまだに口をパクパクさせていた。
「あなた一体何を考えているの――――っ！！」