「ビルボ、何をしているのかね？」
裂け谷は、その名の通り谷間にはりつくように広がっているので、開けた平地というのはあまりなかった。
それでも、中庭だとか、多少は木の少ない場所もあって、今ビルボとエルロンドがいるのはその東屋の前だった。
「おお、こりゃエルロンド卿！いえなにね、ちょっと踊りを踊ってるわけですよ」
「それは見れば分かるが……」
ビルボの言う『踊り』というのは、およそエルフの洗練された美しいものとは違い、酒場で歌い踊るが１番ぴったりくるようなそんなあけすけかつ愉快なものだった。
「なんだってまた急に踊ることにしたんだね？」
裂け谷の者のほとんどはもう旅立っていた。世がこのありさまでは、無事に灰色港にたどりつけるかどうかも賭けだったが、それでも少しでもかの冥王の版図から遠ざかるべし、という主エルロンドに諭されて、後ろ髪を引かれる思いと、海への憧れを抱きながら旅立っていたのだった。「今日はなんだか朝から落ち着かなくてね。おかげで朝食を残してしまったんだ、このわしがだよ！」
ちなみにその、残してしまった朝食というのは、デザートのりんごの、３個のうちの１個のことだった。
「それに、旅に出たフロドたちも、今頃さぞや大変な思いをしていることと思ってね。それでちょっとはげましの踊りでも踊ってみようかと思って」
そう言いながらもビルボは、衰えが目につくようになったものの、杖を突きながら手で足で、達者かつおもしろい身振り手振りの踊りをつづけていた。
「そうか……」
「エルロンド卿もご一緒にいかがですか？たまには身体を動かすのも健康にいいですよ。眉間の皺もきっと伸びますよ？」
「そうだな」
エルロンドが笑ってそう言うと。「それなら火も焚いたほうが良いのではないかしら？」
「音楽や歌をつけると効果があがるんじゃないですか？」
「アルウェン！寝ていなくていいのか？ああ、グロールフィンディルも！いったいどうして……」
「気分が良くなったものですから」
アルウェンは莞爾と笑ってそう答えた。
「怪我をしてしまったのでどうもあのまま旅をするのは無理そうだったのです」
そういうグロールフィンデルの指には、確かに包帯が巻かれていた。一応は。
「ワーグに襲われてしまったのですよ、……恐ろしい体験でした」
一応は沈痛な面持ちでそう訴えるグロールフィンデルだった。ちなみにかつて、バルログと相打ちに持ち込んだ経験有り。
「……待って、くださいよ……とばす、んですからもう……」
息も絶え絶えになりながら、後続のものがまず馬でやってきた。それから走っているものもいた。「……どうして戻ってくるんだ？」
「それはやはり」
「ここが好きだからですよ！」
「見届けたいですしね」
「いつかあちらに行くにしても」
「自分達だけ避難するというのはどうにも気がひけて」
「いくら避難所があるとはいえねぇ」
「そういうわけで戻ってきたわけです」
「さあ踊りましょう！そのまえにもちろん、ひとやすみして息を整えてからね！」
アルウェンの一声で決まりだった。
エルロンドが呆然としている間に、馬で徒歩でどんどんエルフたちは戻ってきていて、なんだなんだと踊りに参加していった。火が焚かれ、誰かが歌いだし、輪になって大勢踊る頃にはみんなの、心は多分ひとつだった。「みんながんばれよ！」
ただこれのみ。