「ほお、おぬしはここから飛び下りたのか」
セオデンはミナス・ティリスの第一層の突端、白の木の広場の高見から問題の場所を見下ろした。
「飛び下りたとは人聞きの悪い」
憮然とした表情で物言いをつけたのは、ゴンドールの、最後の統治権を持つ執政デネソール２世だった。
「飛び下りた以外のどんな言い方をしろというのだ。身投げか？様にならんことおびただしいな」
セオデンの、歯に衣着せぬどころか骨まで見せましょう、な発言に、デネソールの眉は不機嫌そうにはね上がった。
「他に言いようはないのか？やはりむくつけきロヒアリムは違うな。もっとこう……風になったとかいう言い方が出来んのか」
デネソールの詩的な表現に、セオデンは答えることが出来なかった。思い切り吹き出してしまったからだった。「か、か、風に！おぬしがか、デネソール！！」
笑い転げるあまり、セオデンの目には、うっすら涙がうかんでいたくらいだった。
「鳥でもいいぞ」
苦虫を噛み潰したような顔は、いつしかセオデンのよく知る頃の顔になっていった。
デネソールがまだ壮年出すらない頃、結婚する前、セオデンがまだ、ゴンドールにいた頃の。
「下賎のものに張り飛ばされた挙句に、騎馬の下敷きになるような輩には分からぬ風情やも知れないがな」
「なにおぉっ！」
腕まくりせんばかりにいきりたつセオデンも、見る間に若くなっていった。まだローハンに戻って間もない頃、憧れの騎士を遠く仰ぎ見ていた頃に。
「泣いて助けを請うた奴ばらに言われたくはないわ！」
「あれはミスランディアたちが勝手にしたことだ！」
「止めなかったら同じことだ！来てもらって、嬉しかったくせに！！」
「うっ……！」
それは本当のことなので、あきらかにデネソールの旗色が悪かった。「おお、人を入れ始めたぞ」
眼下の広場に、人々が入ってき始めた。
「ふん、こんな高台でやっては、足弱のものは来るだけで骨だ」
「でも来るだろうさ、一世一代のことだ。しかも誰もそれを、その目で見たことのないことが起ころうとしているのだからな」
「ふん、来るならもっとさっさと来ないのがいかんのだ」
「ご立派なお方だったぞ。ゴンドールへの救援を、いつでも疑ってはおらなんだ。来ないし行かないと強情をはっていたのはわしのほうだ」
「ふん、あやつはいつもそうなのだ」
「おお、エオメルが来たぞ。や、エオウィンもいるぞ。うん？あれはファラミア殿ではないかな？」
「何っ！？」
デネソールは身を乗り出すようにして下界を見下ろした。
「睦まじい様子じゃの。エオウィンがあのように晴れやかに笑ろうているのを見るのはどれくらいぶりだろうか……」
セオデンが身内愛を噛みしめつつ、しみじみと言っている横でデネソールは。
「あ、こら肩など抱くな、手の早い奴め！なんだあの顔は！しまりがない、みっともない！！」
高所から見下ろしながらの、戴冠式がはじまるのは、もう、じきのことだった。