「アムステルダム行きの飛行機の時間を暗記してたんだぜ」
「あの靴まだ取ってある」
「左足の踵がすり減ってる奴？」
「そう」
くすくす笑いながらエリックは答えた。
「証拠品として提出しなかったのか？」
「しなかった。犯人もいなくなっちゃってたし」
「じゃあ他の荷物も？」
「全部とってある。邪魔でしょうがないよ、ダンボール箱に入れて部屋においてたけど、よく蹴っ飛ばしちゃって……」
「そりゃひどい」
くすくす笑いながら、ラスティはエリックにキスをした。「詰めたら２箱にしかならなくてビックリした」
「着替えくらいだからな、あと車の本と」
「匂いかいじゃったぞ」
「……臭くなかったか？」
「臭かった。でもラスティの匂いだと思ったし……あ……っ」
「本人の匂いはどう？こっちのがよくない？」
「本人は変なことするし……」
「変なことってどんなこと？……こんな？」
「あ……バカ……」
「バカでーす」
「いや……ちょっと、ラスティ……」「もっと聞かせて、それで？そのダンボールの中身相手に……こんなこと、した？」
「知るか。もう……」
「もう逃げないから。バレちゃったし」
「……本当に？」
「ああ、こんどこそ入れ墨も消すよ……」
「その割には増えてるけど？」
「あんたと離れて自棄になっちゃってさ……こっちも増えたんだ、見る？」
「それはまた今度……でも、もう気が済んだとか……」
「気が済む？何の？」
「その……もうしたし……」
「これからだろう？まだはじめたばかりなのにもう飽きちゃうっての？」
そんなのありえなーい！とラスティは諸手を上げた。「いや……よくそういう話聞くし……」
「ダレがエリックにそういう余計なこと言ったの？」
「誰って別に……一般論で……」
「前科モノだからね、俺は」
ラスティは苦笑いしてそう言った。
「俺といるの不安？」
しかも泥棒だし、とラスティが重ねて言うと。
「うん……不安」
エリックは、ちょっとためらってでも素直にそう返事をした。
「そっか……俺も不安だったよ、ローマで捕まるまで」
「逮捕されやしないかと？」
「あんたに嫌われて呆れられて、もう逮捕もしたくないんじゃないかと思って……エリック……」「あ、こらラスティ。いきなりどこ触る！この痴漢！！」
「この状態で痴漢はないんじゃないの、エリック？……もう、こんなにしてるくせに」
「うるさいストーカー！」
「それは否定しない。『元』がつくけど」
もっともらしくうなづきながらラスティは言った。
「あっちいけ！……でも行くな」
「言ってることがメチャクチャだ、エリック」
「うるさい逃亡犯……」
「あーあ泣かないで。……美人がだいなしだよ？」
「うるさいこの……」
「この？」
「この……」
「この？」「この……ラスティ……」
「エリック……」
ベッドルームの小さな明かりだけで充分だった。
どちらも夜目がきくほうだったので。
「ラス、ティ……」
「エリック……」
やがて大型家具が、非難がましげにきしむまで。
きしんでからも。
「あ………」
「エリック……」
もしかすると『ずっと』。