「ラスティ！」
エリックがそう叫んだのは、ラスティが急な呼び出しのために仕度をしている時だった。
「どうしたエリック？」
シャツのボタンをとめながらも、ラスティはエリックのところに顔を出した。オーディオルームならラスティももしや？と思ったかもしれないが、エリックが叫んだのはベッドルームだった。
「こ、こ、これはなんなんだ！？」
エリックが突き出したのは、何の変哲もないＤＶＤだった。ラベルがないところを見ると、個人のもののようだった。顔には出さなかったがそれを見た途端ラスティは「あっちゃ〜」と思った。それはラスティの秘蔵品だった。エリックには絶対に存在を知らせてはならないたぐいの、オタカラ。
「……ＤＶＤ」
隠してもしようがないのでラスティは正直にそう言った。そういえばベッドルームにもポータブルＤＶＤプレイヤーとかあるのだった。
「そのＤＶＤにっ、どうしてわたしが写っているんだ！し、しかも……っ！！」
しかもそこに写っているのは、全編これエリックだった。つまり、隠し撮りしたエリックの映像を、ラスティ自身の手で、セレクトしたものだった。ＤＶＤプレーヤーに入れっぱなしだったのか、そういえば……とラスティが記憶を再生していると。「なんだってあんなところを……！」
真っ赤になっているエリックは、今にも火を吹きそうな勢いだった。つまりはそれくらい恥ずかしかったのだ。ラスティにとんずらこかれて３年半、普通だったらそれっきりになるところを、いつの間にか部屋にカメラなんて設置して、いつの間にかそれが動いているのを発見して以来つづいていた、とても細い１本の糸、それがそのカメラの回線だった。だからそれを撤去したりしなかったし、挑発するつもりでのぞき部屋のような真似だってしてみせたし、もっとすごいこともしちゃったりなんかしていた。
それもこれも、みーんなラスティのことを忘れられなかった自分が悪い！とそれに関してはエリックも連帯責任だと思っていた。しかし、それとこれとは別だった。盗撮したあげく、それを録画しているとは――――もうことは、エリックの許容範囲を超えていた。
「あーその、取っておきたかったから」
ラスティ素直にそう言った。しかしさすがに怒りに燃えるエリックのことは直視出来なかった。
「〜〜〜〜〜っ」
怒りに身を震わせているエリックが何かまた言おうとしていると、ラスティの携帯が鳴った。
睨みつけるエリックから視線はそらさずに、ラスティは電話に出た。
「ああ、ああ……すぐに行く。ああ、じゃな」
簡潔な電話はすぐに終わり、どうやらラスティの出かける用事の相手からのようだった。「すまんエリック、つづきはまたあとで」
いつもならここでキスのひとつもして、新婚さんよろしく「行ってくるよハニー」ごっこのひとつもするつもろなのだが、さすがにラスティもどうしたものかと迷っているようだった。
「………」
エリックは、ＤＶＤを手にしたまま腕組みにがっしり立ちをして、「わたし今怒っています」ポーズだったし、もしここでうかつなことをしてもしなくても、鉄拳のひとつも飛んできそうな感じだった。しかしラスティも伊達や酔狂で何度もヤバい橋を渡ったわけではなく――――。
「ラスティっ！」
「それじゃ、エリック！」
口にしたら噛みつかれそうだったから、エリックのまぶたにキスをした。ＤＶＤを掴んでいる腕を取って。
エリックは、ラスティがひらひらするまで、ＤＶＤを奪われたことに気づかなかった。
「〜〜〜っ！？」
「行ってきます」
エリックの手の届かないところまで避難したラスティは、そのディスクを割った。
「………」
それから、割れたＤＶＤを思い切り踏んづけた。硬い靴の踵は、塩化ビニールを手もなく粉砕した。
「帰ったら片付けるから！」
ジャケットをひるがえすようにして、ラスティは出て行った。エリックはその鮮やかすぎる手並みに、呆然としたまま、粉々になったディスクをただ見つめていた。