ぶんぶんにむくれて、さらには悲しくなってきて、エリックは部屋の隅でまるくなっていた。
どこへ逃げ込もうとこの部屋はすべてラスティのもので、しかもサイフひとつ持たないで来てしまった自分は、外へ出ても行くところもないのだと思うと情けなくて泣けてきて、エリックは泣き寝入りのようにしてオーディオルームのすみっこに立てこもっていたのだった。
遅くに帰ってきたものの、寝るには早い時間なのに明かりがひとつも点っていないことをいぶかしんだラスティは、まずベッドルームから見てまわった。いなかった。リビング、キッチン、バスルームみないなかった。それほど部屋数があるでもないので、どんなに丹念に捜索してもすぐ終わる。さては外に出てしまったんだろうかと思いつつ、念のためにと入ったオーディオルームにエリックはいたのだった。
エリックの怒りの原因があった場所、もっともいるはずがないと思っていた場所にエリックはいた。鉢植えのシダに、よりそうようにして。
頬に残る涙のあとはがびがびに乾いてしまっていたので、指で拭っても落ちなかった。
タオルを取りに行こうかと思ってやめた。そのまま、まだ目を覚まさないエリックの頬を、舐めた。
「……っ！？」
さすがにこれにはエリックも目を覚まして、声もなく驚いた。
「おはよう、エリック」
「おはよ……何してるんだ！」
反射的にそう答えてから、エリックは乏しい空間をあとずさった。「泣いた後があったから」
でも今度触ってみればそこは、唾液でべたべたしはじめた。
「……まだ怒ってるのか？」
「怒ってるに決まってるだろう、あんな！あんな……」
思い出すだけで羞恥で顔が赤らむようなことをされたのだ。エリックとしては、ラスティ許すまじ！という気分だった。
カメラを仕掛けて自分の部屋を盗み撮りしていたのも相当なことだと思っていたのに、その上その映像を、録画していたとあっては、ちょっとやそっとのことでは、許すことは出来なさそうだった。
「そっか……」
床に座り込んでいるエリックにあわせて、ラスティはしゃがみこんでいた。それから、ごそごそと懐を探ってから、パスケースかシガレットケースのようなものを取り出した。
「……何？」
「……プレゼント。俺のことは怒ってていいから、これは受け取ってくれ」
あんまり真剣な表情で言うので、エリックもつい手を出してしまった。手に載せられたそれは、黒い皮のパスケースのようだった。
「開けてみて」
２つ折りになっていて、少し浮いていた。言われるままにそこを開いてみると――――。「……ラスティ、これ」
「ＤＶＤから焼いた。ＤＶＤ本体は、これが最後の１枚だから」
そう言ってラスティは、他のディスク同様粉々になっているディスクを収めたケースをかざして見せた。
「もう１枚もないから。コピーもなし」
「これ……」
「よかったらもらって」
パスケースの中には１枚の写真があった。エリックと、初老の婦人がベッドかなにかに並んで座っていて、微笑みながら話でもしているところのような――――エリックと母親の姿だった。
「ラスティこれ……」
「写真の１枚もないって言ってたから。それくらいしかなかったけど。あとのは録画してなくて」
それは、あんたがいい顔して笑っていたから取ってあったんだ、とラスティは言った。
そう言ったラスティが、どんな顔をしていたのかエリックには見られなかった。手元の写真を見るのに忙しかったからだった。
それもじきに、よく見えなくなったけれども。
「あ…りがとう……ラスティ……」
それでも涙は、パスケースには落とさないようにと、懸命にこすった。
「どういたしまして。そんなじゃ、罪滅ぼしにもならないですケド」
おどけて肩をすくめてラスティは言った。その顔はエリックもちゃんと見た。
ＤＶＤにではないけれど、しっかり目に焼き付けるように。