「あ……おかえり……んにゃ」
同居人が来たのは、さすがに気配で分かったのか、ベッドルームから声がかかった。帰ってきていたのか、と思うと自然顔がほころんだ。
「ただいま。いつ戻った？」
ただいまは大捕り物の最中で忙しいはずだったが、こうしてうちに帰ってベッドにもぐりこむ時間はあるようだった。まだ正規の睡眠時間としては、大分早い時間だったが。
「さっき、着替えようと思ったら……」
「眠くてダウンしてしまった、と。いいから寝てろよ」
くしゃくしゃになっている巻き毛に指を絡めて、キスをした。
「うーん……一緒に寝よ……」
そう言って、ねぼけまなこで毛布をたくしあげた。それが、色っぽい意味でなら嬉しいんだがな。
「それは魅惑的なお誘いだけどな、汗かいたんで、まずはシャワーを浴びてくる」
「うん……」
何か進展がなければ、エリックが家に帰ってくることなどありえない。
何日でも泊り込んで食らいつくのがいつものやり方だった。
そして今、エリックが担当している事件は。「何時に起こせばいいんだ？」
「うーん……朝の７時……」
「了解、美味い朝食もつけてやるよ」
「うーん……にゃ……」
潮時だった。
クラシックカーのディラーでございという仮面も。
ただの同居人としてでも、もう少し一緒にいたかったんだけれども。
「無理か」
思い切り良くバスに湯をため始めた。これがいっぱいになったらきっと、うるさい階下の住人に怒られるかもしれない。
そうでなくともエリックは、しっかりしているからそんな無駄は許さなかった。
がみがみとよく怒られた。そうされるのが楽しかった。トイレに腰掛けて、ちょっとだけ絶望した。
キスひとつしてやしない。
住むところがないから、安いホテル暮らしと言ったら、自分のとこに来ないかと誘ってくれたエリック。
アムステルダムに住む母親をとても大切に思っているエリック。
父親のことは考えないようにしているエリック。
とても有能で、仕事が好きなエリック。
そんなエリックが、とても――――。
バスルームの窓を開けた。
息をひとつ吸い込んだらもう迷わなかった。
水道代をごめん、エリック。明日の朝も起こせない。朝食も作れない。
いつかもしも。
返せることが。
いつか、があれば。