「……なんだこれは？」
目の前に無造作に転がされたものが信じられずに、アガメムノンはついそう聞いてしまった。相手はアキレスだというのに。
「知らんのか？」
アキレスは呆れた顔をしてアガメムノンを見た。それから、馬鹿にしたことを隠そうともせずに鼻を鳴らした。
「教えてやろう、それは『黄金』というものだ」
「そんなことくらい知っておるわ！！」
偉そうに椅子にふんぞり返っていたアガメムノンは思わず立ち上がった。
「なんだ」
知っていたのか、ちっ、とかなんとか。ギリシャ１の英雄さんは、己が盟主アガメムノンを嫌っていることを隠そうともせずに言い捨てた。アキレスが気になるって立ち去りがたく、こっそりと覗いているオデュッセウスと、同じくアガメムノンの健康が心配な気のいい老ネストルが、ものかげからハラハラして２人のやり取りを見守っていた。
「ああ、アキレスの奴あれほど大人になれ、と言ったのに……」
「そのようにカッカしましたら、心の臓によろしくありませんぞ、アガメムノン」
対象は違えど、ハラハラドキドキする心は一緒の２人だった。ただし、ちょっと離れた柱の影にいるので、お互いのことには気づいていなかった。
「おいどうするよ……？」
「おまえあの御方々に声をかける勇気あるか？」
その場にいた衛兵たちは、いっせいに首を振った。それはもう、ぶんぶんと。「おまえは目上に対する敬意とか言うものがないのか――――！？」
「敬意を払われるようなどんなことをしたっていうんだ寝取られ男兄――――！！」
「なにおう！」
「やるかぁ！」
「おいやめろ、アキレス！相手は年寄りだぞ！！」
「おやめください敵いっこありません、アガメムノン殿！！」
わりと率直な人たちだった。
「知るか！はっきり決着つけてやる！！」
「おう！白黒つけてやるぞこの若造！！」
「言ったなぁ〜！」
「言ったがどうした！！」
『総員退避ー！！衛兵、この船から逃げろ――――！！』
もしかすると、わりと似たもの同士な２人だった。「やれやれ……」
「血の気の多い人たちだ……」
止めに入る前のひとやすみに、よっこらしょと座る中間管理職たちだった。
もちろん、そこに転がっている、黄金色もつきづきしい。
アキレスの戦利品にしてアガメムノンへの献上品。
素晴らしきアポロン像の頭部のほうは見ないようにしながら。