「『アフガニスタンに行っておられましたね？』」
「何急に、エリック」
「シャーロック・ホームズ好きなの、ラスティ？」
「うん、好き」
寝っころがって雑誌を見ていたラスティは、あとちょっとでも動いたらソファから転げ落ちるんじゃ？という器用極まりない体勢で雑誌をめくっていた手を止めた声の主の方を見た。すなわち、最愛のエリックのほうを。
「なるほどねぇ……」
エリックがそんなことを聞いたのは、およそ本なんてものありませーん、そんなもの読んだらブスになるからー、みたいに『本』と名のつくもののない部屋に、手擦れあとのついたペーパーバックが出てきたからだった。ラスティのことだから、流行りの話題本か何かかと思ったら、そこにはパイプを咥えた、癇性な男の横顔が描かれていた。「子供向けのは読んだけど」
大人になってからはちゃんと読んでないかも、とペーパーバック片手にエリックが呟くと、ラスティががばっと起き上がった。
「それは絶対読むべき！まずは『冒険』から……」
「ラスティ」
「うん？」
「もしかしてシャーロキアン？」
「……そうかも？ベイカーストリートイレギュラーズに入りたいと真剣に思ったこともあったよ。>住所不定じゃきっと、入会を断られるだろうと思ったからあきらめたけど」
会報とか届かないだろうし、とつづけるラスティへの、そもそも現役の犯罪者はダメなのでは？というツッコミは心の中で済ませたエリックだった。「ふぅん……読んでみようかな」
「是非！」
どこから取り揃えたのかラスティは、いつの間にかエリックが手にしている以外のシリーズ本を持っていた。
「やっぱり最初はこれからかな」
楽しそうに勧めるラスティは、確かにカードを操るのが商売のうちなのだから、手先が器用であたりまえなんだけど、これだけ素早いなんて、もしかしてライナスも真っ青なのかも？と思ってしまうエリックだったそういえばラスティの相棒ダニーも、かなりオールラウンドに色々こなす人だったっけとも思い出した。
「じゃああそこ行ったの？ロンドンの博物館」
「それはまだ。いつか行きたいと思ってるんだけど」
「ローマにいる間に行ってみればよかったのに」
「あの頃は忙しかったから」
「ディーラー業が？」
そんなだったっけ？と小首を傾げるエリックを、ラスティは目を細めて見つめていた。
エリックは、ラスティがまた寝そべったソファの、肘掛に腰掛けた。寝そべるラスティの、すぐそばに。「いや、エリックに」
臆面もなくそんなことを言うもんだから、不意打ちを食らってエリックはすぐに赤くなった。
「でも今はもう行けないだろう？」
なにしろユーロポールのお尋ね者になっちゃったんだし、とエリックが言うと。
「でもイギリスはユーロじゃないだろ？」
そこのところに活路があるんじゃないかと……と茶かし気味に言うラスティに。
「今度はバッキンガム相手に仕掛ける気か？」
行っておくが止めるぞとエリックが言えば。
「アフリカの星は、頭にのせるには重そうだよ。……それよりもエリックと博物館が見たい。それで記念写真を撮るんだ」
「あの暖炉の前で？」
「そう、それから２２１ｂのプレートの前で」
ラスティはくすくす笑って言った。「お尋ね者が記念撮影か？」
エリックも笑ってかがみこんだラスティの手に引かれるままに。
「いつかの野望さ」
「いつかシャーロック・ホームズごっこ？」
「いつか２人で旅行も行こう」
「それよりも……」
「いやそれ大前提だから」
「何言いたいのか分かるのか？」
「いつまでもずっと一緒に、だろ？」
「ホームズとワトソンよりもね」