「は？テッサリア？」
「はい。そちらに出兵して欲しいとの用向きでした」
「テッサリアって……何が美味いっけ？」
「……ご主人様……遊山に行くわけでは……」
「分かってるよ。なんだ？また人をこき使おうっていうのか？あの欲深でぶ爺は」
「褒賞にはテッサリアの都市と……」
「そんな遠いとこいらん」
「美女と……」
「間に合ってる」
「黄金と……」
「食うには困っとらん」
「アキレス様……」「行くけどよ。っつたくあの爺はよぉ……」
いつかきっちり決着つけてやる！とアキレスはぽりぽりと頭を掻いた。
「それでは仕度をいたします」
「ああ、頼む、エウドロス。………？」
「どうかされましたか？」
「誰か俺を……誰もいないよな？」
「はい。わたししかおりません」
「だよな……なんか呼ばれた気がしたが」
エウドロスは、それはきっとアガメムノンでは？とは言わなかった。「誰だろう？母上に聞いてみようかな？」
易占もよくする彼女なら、何か分かるかもしれない、と思って、それから。
「まあいいか。分かる運命ならそのうち分かるだろう」
それよりも今はテッサリアだった。あのご近所の国も、アガメムノンに従うことを潔しとせずに消えていくのかと思うと胸が痛んだ。アキレス自身はどの国にも恨みはなかった。ただ戦って、自分が強いことが分かれば充分だった。
「母上とパトロクロスに言っておくか」
またしばらく留守にするけど、遊びに行くわけではないからと。言っておかないと、またアキレスの放浪癖が出たと思われる。事実ならともかく、偽りを信じられたくはなかった。
「テッサリアの女はどんなかな」
そう言いながらもずっと。
アキレスの耳には呼び声が残った。いまはまだ、幻のその声が。