「………………」
「まあすごいバラ！」
「カードとかはないの？」
「情熱的な贈りものねぇ。バレンタインに赤いバラだなんて！」
「誰から誰から？」
エージェントのところに届いていた赤いバラの、ゴージャスな花束は思うさま人目を引いた。
特に女性陣のロマンチック心をたいそう呼び覚ましたようだった。
でもエリックには、こんなことをしでかしそうな人物に心当たりがあった。困ったことに。
「Ｂ・Ｐ……ブラッドだ……」
「ブラッド？」
「じゃあＰってピット？まあすごいアメリカからわざわざ？」
「愛されてるわね、エリック」
今度は彼女達は笑いさざめいた。
「こういういたずらに命賭けてるような奴だから……」
がっくりしているのはわざとじゃないから。
だからきっと、真実味があることだろう。
「ああ、雑誌なんかで見るとそうみたいね」
「それにしても、バレンタインにあわせて花だなんて！」
「高そうよね。見てこの色！」
「こんなのもらってみたいわ」
まったくその通りだと彼女達の意見は一致したようだった。「……ハロウ？」
『届いた？』
「……届きましたとも。赤いバラ３ダース」
『おや？『真紅のバラ』にしたつもりなんだけど』
「どっちでも一緒だろ。そんなの事務所に贈るなよ」
『自宅に贈るほうが問題だと思うが？』
「バレンタインに贈るなというんだ！」
『いいじゃないか。カードに『愛を込めて』って書くのはあきらめたんだぜ？』
バレンタインの聖人さん、このあほんだらをどうにかしてください頼みます！
『いまどこ？車？エンジン音がする』
「そう。帰るところ」
『バレンタインのご予定は？』
「何……？予定って、うち帰って夕食食べて……ああ、花を買ったけど。チョコレートケーキ作るって言ってたけど？」
『やっぱり予約済みか……でも、明日か明後日とかには、少しは時間作れるよな？』
「……何たくらんでる？」
『たくらんでるなんて嫌だなぁ。エリックは俺のこと絶対に誤解しているよ。こんなにシャイでピュアなハートの持ち主なのに』
「……どの口が言うか」
目の前にいたら、抓りあげるぞ、こら。「何をたくらんでる？ブラッド？」
もう一度聞いた。電話回線越しだっていうのに、この声は麻薬だ、この名前は害毒だ。
こっちにとって。
『なんでもないよ？ただ、ヒッチハイカーを１人拾って欲しいと思って』
「ヒッチハイカー？……あ――っ！？」
信じられない！広い広い、どこまでも続きそうな道の、行く先にブラッドが立っている！！
「ハロウ！」
「……はろーお」
通り過ぎたろうか、と思ったが出来なかった。
こんなところまでどうやって来たんだ？あたりには何もないところなのに？
「乗せてってくんない？男前のおにーさん」
短いざんばら髪に、もれなく人相を悪くするサングラス、どこかのＣＭのようにラフな格好をして。
よく見れば後には折畳式自転車。
「……あんまり乗せたくない」
「まあそうつれないこと言わないで」
「……いいなんて言ってないぞ」
「なら鍵かけておかないと」
どっかり乗り込んで、しかも助手席に。
しまった！助手席には！！「おや先客か？」
「……後に置いとくと匂いが移るから……」
「ナルホド」
「匂いがきついんだよ！バラだから！！」
「それは済まなかった。今度は違う花にするよ」
「そういうことではなくてだな……」
「エリック」
運転を再開する気力もなく、車通りがないのをいいことに、ハンドルにつっぷしていた。
「うん？」
「キスしようぜ」
「ここここここんなところでっ！？」
「ギャラリーはいないぜ？何もカーセックスしようってんじゃなし」
テレフォンセックスにはちょっと気を引かれたけどな、とあっけらかんと言いやがった。
この野郎と睨んでいると。
「もっとよく顔見せて。ああ、エリック、……会いたかった」
馬鹿野郎こっちもだよ！「……突然来るな」
「急に時間が出来たもんで」
気がついたら飛行機に乗ってたなんて。
「あっさり言うな……」
「他に言うことは？なかったらキスするよ？」
手錠をかけられたオーシャンのように。
「エリック……？」
首に腕を回してきて。
「……痛っ！」
目をつむって、勢いでしたら唇が歯にぶつかってしまった。こっちも痛い。
「会えて嬉しいよ、ブラッド！」
観念してそう言ったら。
「キスしても？」
あんたもたいがいしつこいね？
「…………」
でもうなずいた。「――――来るなら自分で持って来い馬鹿野郎！」
「エリックの悪態聞くのも久しぶり……」
そういうことを。
「だからっておいこら車の中でなにをする！？」
「ちょっとだけ……」
うっとりと言わないように。
「何がちょっとだ、おいこら離せ！この痴漢野郎っ！！」
「俺忙しい……」
聞いてるほうが。
「自分でせわしくしているくせにっ！！」
「ああ、エリックの匂いがする……」
恥ずかしくなるから。
「ブラッ、ド……こら――――っ！！」
「…………」
かなり、情けないけれども。