「……おなかがいたい」
「そうでしょうね。ひどい顔色よ」
「…………おなかいたいよぉ」
「寝ていれば治るわよ」
「……イタイ……」
「よしよし。わたしがここにいるから大丈夫よ、アガメムノン」
枕辺のクリュタイムネストラは、べそべそしているアガメムノンの額をそっと撫でた。
「ヘクトルさまは来まして、クリュタイムネストラさま？」
ペネロペイアがクリュタイムネストラのもとへ来たのは、ヘクトルが立ち去ってしばらくしてからのことだった。
「ええ。アガメムノンに飲み物を持ってさきほど見えましたわ」
クリュタイムネストラはまださきほどの東屋にいた。
「そうですか……で、アガメムノンさまは今はどうなさってますの？」
「腹痛を訴えて厠に篭っておりますわ。――――そういうものでしたの？」
「まさか！そんな物騒なものは飲ませられませんわ！ヘクトルさまもそれはお望みではありませんでしたし」
「では……？」
「それらしく香料を調合しただけですわ。葡萄酒に、普段は入れないような薬味を混ぜただけです」
「そんなことだろうと思いましたわ」「でも、その……すこーし混ぜておりますかしら」
「あら、何をですの、ペネロペイア？」
女の目から見てもうっとりするような、艶然とした笑みを浮かべてミュケナイの女王は尋ねた。
「なんですか、その……便通を良くしたい方が飲むといいようなもの、ですの」
よかったらクリュタイムネストラさまにもお分けいたしますわよ？とペネロペイアはつけ加えた。
「それなら少しいただいておこうかしら？もしもの時に」
「ええ。時々、どうしても！という時に飲むと、大変調子が良いのですわ」
「後のことはどうぞお任せを。オデュッセウスさまにもよろしくお伝えくださいませね。明日にでもまたご一緒にお食事を、と」
「伝えますわ。それでは失礼いたします」
ペネロペイアは深々と頭を下げ、足取りも軽く去っていった。
「クリュタイムネストラ……」
「ここにおりますわよ、アガメムノン」
「おなかいたい……」
「後でおかゆを炊きましょうね。少しは食べないと良くなりませんわよ」
「うん……クリュタイムネストラ……」
「手をつないでいましょうか？」
「うん……」
気が変わることを恐れるように、アガメムノンは急いでクリュタイムネストラの手を握った。
でもあまり力を込めすぎて、怒られて引っこめられないように、そっと。
「オレステスくらいの子供のようですわね、あなた」
「うん……クリュタイムネストラ……」
「はいはい、どこにも行きませんよ」