わたしは死神。
今のわたしは死神だ。
ギリシャに、ギリシャの兵に死ををもたらす、おそろしき神。
だから何にも感じないのだろう。
父の命ずるままに攻撃を仕掛け、どうすれば１番効率が良いかだけを考え、実行する。
今のわたしは死神だった。
ギリシャに死をもたらすもの。
母なるトロイを害そうとするものに死と破滅を運ぼうと。火種を拾い枯草玉は面白いように燃え上がった。
塗りこめていた油によって、朝まだきの海岸は、目も眩むような明るさだった。
この明るい浜を、あとどれくらい見ることが出来るのか。
攻撃することが決まった時点でわたしの命運は定まった。
わたしはトロイにこの身を捧げることになるのだ。
それならばそれまでに、１人でも多くの敵を。朝まだきの浜辺にいる敵は、一様に煤けていた。
見えにくいことのないよう気をつけねば、これがこの作戦の弱点ともなったか、と。
どこか冷静に考える自分がいた。
逆茂木のほとんどが焼け落ちていた。
その垣根を越えて、攻めていかねばならないのだ。どちらにとっても。
敵が押し寄せてこようとする前に、盾と槍を打ち鳴らし、大音で敵を威嚇する。
この音を、誰か聞くものはあるのだろうか？
この浜を歩くものはいついつまでもいるのだろうか？
その時トロイは――――？打ち寄せてくる敵兵の中に、ひときわ動きの速い一団がいた。
歓呼の声と共にその者の名が繰り返される。
「アキレス――――」
運命が来た。
わたしに課せられた、もうひとつの運命が。
１人は美女の姿をして、もう１人は戦士の姿をして。
死神から、戦士へと変わる。
神から、人間へと。わたしの、運命に向かって。