『持つべきものは』
「は……？」
別に椿だって、本当に聞こえなかったから聞きかえしたワケじゃなかった。ただ、あんまり意外なことを聞くと、人は信じがたいのか確認したいのか、つい「間が抜けてる」と思いつつも聞き返してしまったりすることがある。だから、このときの椿もそうだった。
「俺の耳が確かなら、今、おまえ手編みのベストのお返しにふさわしいものは何か？って、そう聞いたよな？」
だから、ついこうやって一語一句たがえずに確認してしまうのだって、ぜんぜん悪気はないのだ。ただ、そう云って相手が信じてくれるかどうかはともかく。
「もういい。おまえに相談した俺が馬鹿だった」
「おい、待て待て。別にからかってるワケじゃねぇよ。状況を確認しただけだろうが。まぁ座れって」
どうにか旧友を座らせることに成功すると、世にもめずらしく頬を紅潮させていたたまれなさそうにしている一条薫、などという長いつきあいの中でもめったに拝めない現象を、ついしげして見てしまった。それについてまた怒られるまえに、椿は「飲み物をいれる」というかっこうの時間稼ぎのために立ち上がった。
手編みのベストねぇ、とひとりごちる。
学生時代から、そりゃ誕生日だバレンタインだという行事のたびごとに、思いつめた顔した女の子をうろうろさせていたヤツだったが、記憶にある限り受け取ったことは一度もなかった。もらうぐらいしてやれば？という椿の意見にも、その気もないのに受け取るほうが失礼だ、と云ってがんとして受け取ろうとしないヤツだったのに、そんな世紀の『カタブツくん』にもついに春が？
聞いた話では、また今年の誕生日にはチャンスをうかがっていた婦警を泣かせたそうだが、この未確認で大忙しの最中にそんな兆候があったとは、やるじゃないか、と気分はすっかりおとーさんだった。
「それで、どんな子からもらったんだ？」
コーヒーのダメな椿の部屋では、出る飲み物というと実は日本茶系だった。今日はほうじ茶。一条と自分の前に湯飲みをおいて聞いてみれば、「そんなことを云う必要があるのか？」と顔に大書きしてあった。
あまりにも分かりやすいそれに、思わず笑いそうになったが、ここは友達がいにじっとこらえる。なにしろ「警察官という危険な職についた以上は、特定の相手はつくらない」などという、椿からしてみれば人生を半分以上放棄したとしか思えないことを、平気で云うようなヤツの、はじめての春の気配なのだ、ここで応援しなくては『友達』がすたる。
「相手によって返すものだって違うだろう？ アクセサリーが好きな子にはアクセサリーだし、映画が好きな子なら映画に誘うとか」
おらおら、きりきり白状せい、とばかりにたたみかけると、とうのベストとおぼしきものをぎゅっとにぎりしめて、うつむいた一条が云うことには。
そのときお茶を飲んだあとで、本当の本当によかったと、椿は思った。不本意な状況で入れたてのお茶を飲むと、そりゃあ悲惨なことになる。この手の経験者には、満場一致で同意が得られるだろう。
「…………なんだ」
「あ？」
今度聞きかえしたのは、正真正銘聞き取れなかったからだった。その結果、あんな答えが返ってくると知っていたら、わざわざ聞き返すなんてそんな、自爆行為は絶対しない。
「あの、……五代なんだ……」
具体的な人名を出すからには俺の知っている相手なんだろう。『五代』。『五代』というと、あの、あと４、５年もたてば俺の守備範囲にはいりそうなアノ……。
「ああ、彼女か。名前、なんていったっけ？」
一度しか会ってなし、会った時期が時期なんで、名前はちょっと思い出せなかった。顔と射程範囲じゃないことはしっかり覚えているんだが。
誓って云うが、このとき俺は本気でそう思っていたのだ。まぁ、世間一般の常識にてらして、その俺をいったい誰が責められよう？なぁ？
「いやその……、五代、雄介なんだ…………」
ほぉ、五代雄介。いい名前だな、勇壮で。はて？
「はぁっ！？五代って、アノ五代かっ！！」
目の前の旧友は、居たたまれなさそうな様子で、ちいさく「そうだ」と答えた。
五代ということは五代ということで……。うぬぬぬぬ。
そうか。そうだったのか。
そういえばおまえ、俺があいつのカラダを調べさせろと云うたんびに、過剰に反応してたもんなぁ……（それは、過去の経験に基づくモノです）。
そうか。俺は、自分で云うのもなんだが、既存の常識にとらわれた、了見の狭いオトコじゃない。そういうことなら応援するぜ。
「……そうか、五代か……」
だが今だけは、ちょっと遠い目になることを許してほしい。ああ、なんだか初冬の青空が目にしみるぜ。
「椿……？」一条の呼びかけは、もう椿の耳には入っていなかった。
♪せ〜んろはつづく〜よ〜、ど〜こま〜でも〜、みたいなになってきましたね〜（笑）。話的には、たあいないもんなのに。
はたしてこの、とんでもない誤解が解かれる日は来るのか！？
乞うご期待！って、番組違うって（笑）。